親バカ?過干渉?“快適さ”だけで育てない。子どもを信じるということ

子育てのアイデア
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毎日、うだるような暑さが続いていますね。

そんな中、今日は息子が自転車で出かけていきました。
10分ほどの距離ですが、「車で送って」と言うかなと思っていた私に反して、本人は自転車で行くつもりだったようです。

正直、言いたかったんです。
「暑いから車で送るよ。汗かくだろうし、大変じゃない?」って。

――親バカですよね。

でも、子どもが汗だくで自転車をこいでいる姿を想像すると、心配と切なさで、つい涙が出そうになってしまう。
(…想像力の使いどころ、間違ってるかもしれませんが)

けれど、息子はそんな私の心配なんて気にする様子もなく、涼しい顔で出かけていきました。

「気をつけてね〜」と送り出したものの、内心では「やっぱり車を出した方がよかったんじゃ…」と、モヤモヤしている自分がいました。

でもそのとき、ふと思い出したんです。
あるお母さんの言葉。

「子どもは、イヤな思いも経験しないとね。」

ハッとしました。

私には「暑い中を自転車で行く=大変そう」としか見えなかったけれど、
息子にとっては、暑さなんて気にしてなく、出かけること自体が楽しみだったのかもしれません。

子どもが「自分で決めて、自分の足で動く」経験は、本当に貴重です。
最初から不便がないように手を差し伸べてばかりいると、子どもの世界はどんどん狭くなってしまう気がします。

子どもには、親の目が届くうちに、いろんな「快適」と「不快」を経験してほしい。
その経験の積み重ねが、自分で考え、動く力を育ててくれると信じています。

「暑くてかわいそう」ではなく、
「外に出るきっかけになった」「ちょっと不便な中に学びがあるかもしれない」。
そう思い直すと、親の“いたたまれなさ”も、少しやわらぎます。

私自身、つい「大変そうだから」と手を貸したくなる場面がたくさんあります。
でも、そのたびに一度立ち止まって、「これは本当に必要な手助けか?」と考えてみることも大切だなと思っています。

もちろん、子どもから「助けて」と言われたときは、手を貸します。
でも、自分で選んで動いているときに、「大変だよ!」と親の価値観を押し付けるのは、ちょっと違う気がしてきました。

子どもを信じるには、勇気がいります。
でもそのぶん、これまで気づかなかったような小さな成長を嬉しく思うこともあります。

親も子どもも、きっとその都度、手探りで育っていくものなんですよね。
悩みは尽きませんが、「あんまり心配しすぎず、なんとかなる」――
そんな気持ちで、これからも見守っていきたいです。


   ↓ その後の話

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