人間社会の歩き方「目覚めるとは何か?」を見つける手引書【1】
最近「目覚めよ」系の動画がやたら出てくる
最近、YouTubeを開くたびに
「目覚めよ!」「覚醒せよ!」
みたいな動画がずらりと並ぶようになりました。
いやいや、
こっちは普通に起きてYouTube見てますけど?
と最初は思っていました。
でも、ある日ふと疑問が浮かんだんです。
「……私、本当に“自分の意思”で見てる?」と。
私…寝てるのかもしれない
面白そうな動画をタップして、気づけば夜中。
昨日どころか、さっき見た動画の内容すら覚えていない。
翌朝はギリギリで起きて、慌てて出勤。
このループ。
しかも、このままだとダメだ!みたいな動画を見て焦ったり、
胸糞悪いニュースでイライラしたり…。
実際に自分の目で確かめたわけじゃないのに、
SNSや動画のアルゴリズムで気分まで支配されている感じ。
まるで大人が赤ちゃんに
「あっ、ほらあれ見て!」
と気をそらすような感覚に、どこか似ています。
そんな日が続いていました。
なぜ今「目覚めよ」が増えているのか?
ここ数年のウイルス騒動で、
多くの人が“自分の人生”と向き合わざるを得ませんでした。
生と死がほんの少し近く感じられたあの頃、
「このままでいいの?」
「私は何を大事にして生きたいんだろう?」
そんな問いが、心の奥に残ったままになっている人も多いはず。
そうした流れの中で、
「目覚めよ」系の動画が増えているのかもしれません。
情報が多すぎて“何が正解かわからない”時代
スマホを手にした瞬間から、
私たちの意識はどこかに引っ張られていきます。
動画、SNS、ゲーム、通知…。
刺激は毎分更新され、止まらない。
その中で、私たちは
“立ち止まって考える余裕”を失っているのかもしれません。
「目覚めるって何?」の答えが見えないのは、
情報が多すぎることもありますが、
そもそも自分が眠っているとは誰も思っていないからかもしれませんね。
自分なりに「目覚めるとは何か?」を探す
目覚めていないとどうなるのか。
目覚めるためには、何をすればいいのか。
どうやら、正解はひとつではなさそうです。
それなら――
自分なりの「目覚め」を探してみよう。
そう決めて、このシリーズを始めることにしました。
まだ明確な答えは見えていません。
でも、来年はしっかり目を開けて、
“知って選ぶ”人生にしていきたいと思います。
よければ、一緒に探していきませんか?
→ 次の話へ続く



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