「子どもに勉強できるようになってほしい」
そう願う親御さんは多いですよね。
私もそのひとりです。
でも、どんなに親が導いても、思うように成果が出ないこともあります。
一方で、あまり勉強しない子がスラスラ問題を解いたりする。
やっぱり、生まれつきの差なのか?
そんなふうに思っていた時期もありました。
でも最近、「これが結構重要じゃないのか?」と思うことがあったのです。
それは――
「人に教える」ということ。
うちの中学生の兄妹を見ていて思いました。
兄はゲームばかりしていて成績が安定しませんでした。
そんな兄に、妹が「わからないところあるから教えて」としょっちゅう聞くのです。
兄がわかることもあれば、うろ覚えのまま教えていることも(笑)
でも、妹に説明していくうちに、兄の頭の中がどんどん整理されていったようです。
図を描いたり、言い換えたり、試行錯誤するうちに……
兄、なんだか賢くなってきた気がします(笑)
そして、自分が教えて妹が理解してくれるのが嬉しかったのか、少しずつ自主的に勉強するようにもなりました。
“教える”って、教えられる側だけでなく、教える側にも大きな恩恵があるんですね。
教育の現場でも「生徒が生徒に教える」仕組みが取り入れられていると聞いたことがあります。
そして私は思ったのです。
これは勉強に限ったことじゃない、と。
むしろ、もっと小さいうちから有効なんじゃないか、と。
「子どもに教えてもらう」という発想
「子どもに何を教えてもらうんや?」
そう思うかもしれません。
でも、子どもたちは私たち大人がもう見えなくなった
**“子どもの世界”**を、とてもよく知っています。
小さな男の子が、母の興味のない電車の話を延々と語ったり、
小さな女の子が会話に入りたがって、まるで大人のように話を盛ったりする。
あれこそ、彼らが「教えたい」「伝えたい」と思っている瞬間。
脳が成長するチャンスです。
それを適当に流すのは、もったいないと思いませんか?
「なにかなぁ?」
「教えて~」
「そうなんだね!」
と、興味を持って聞いてみてください。
小さな子ども達が感じていること、作っているもの、見ている景色——
そこに、彼らの脳がフル稼働している瞬間があります。
ぶっちゃけ、何を言っているのかさっぱりわからない時もあります(笑)
でも、聞き取れる言葉を拾って
「●●なのか~、そうなんだね!」と反応する。
それで十分です。
大人が「教え込む」を少し控える
小さい頃から、親はどうしても「正しいこと」を教える側になりがち。
社会のルールを教えるのは大切ですが、
その調子で全部を教え込むと、成長の機会を失ってしまいます。
子どもは頭の中にあるものを一生懸命、説明してくれます。
その中で、語彙を探り、表現を変え、考える。
イメージ(右脳)を浮かべながら言葉を組み立て、
何度も伝えようとするうちに——
大人の言葉を吸収し、自分の表現として再構築する…。
その吸収力、まさに脳が全力を出している瞬間。
(感動ものです😭)
もちろん、間違ったことを言うこともあります。
ひどいことを言うこともあります。
そんなときは、真正面から「違う」と言わずに、
「そっかぁ、ちょっと怖いねぇ」
「そういうこともあるよね~」
と、やんわり受け止める。
間違いを見つけたら、後でさりげなく
「これは●●って言うみたいだねぇ、すごいねぇ」
と独り言のようにつぶやけば十分。
子どもは、ちゃんとどこかで学び直してきます。
提案したいのは「教え込むこと」じゃなく、「教えてもらうこと」。
目指すのは、自分の意欲で動ける子ども
子どもの話を楽しそうに聞いてくれる大人がいると、
その子の意欲もどんどん育っていきます。
それは、大きくなって「勉強」という壁に向き合うとき、
確実に支えになるはずです。
私、確信してます。
大人が「教え込む」を少し控えて、
子どもから「教えてもらう」を増やせば——
どんな知育玩具にも勝る、最高の “脳育” になる。
アウトプット、大事。
そして、聞いてくれる誰かの存在は、
その子の知性を覚醒させるトリガーになると、強く思います。


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