悪い子になる?!|子育て悩んだこと&やらなくてもよかったこと(4)

子育てのアイデア
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初めての子育て。
手探りの中で、「何とかうまく育てなければ」と肩に力が入りすぎていた私。

「やってあげなければ!」「良いお母さんは、すべてに気を配って当然!」と、ついつい世話を焼き、口を出してばかり。
まるで自分の母親への当てつけのように、子どもにすべてを注いでいました。

いろんな思いが交錯して、空回りしていたあの頃の私。
今思えば、「あれはやらなくてもよかったな」と思うことがたくさんあります。

もしかしたら、今まさに同じように悩んでいる親御さんがいるかもしれません。
そんな方の、ほんの少しでも参考になればと思い、子育てを振り返ってみたいと思います。

今回のテーマは

自分の課題を子どもに背負わせていませんか?

「子どもを守るつもりで、経験を奪っていた」あのころの私に言いたい事。

自分の問題を、子どもに投影していないか?

子どもに、自分の問題を投影していないか?

「こうなったら困るから、こうした方がいい」
「私がこうだったから、同じ失敗をしてほしくない」

そんなふうに思って、つい子どもにあれこれ口出ししてしまう。
でも、ふと気づいたんです。
**これって、自分の課題を子どもに背負わせてしまっているんじゃないか?**って。

私の親も、「あなたのため」と言っていた

自分の子ども時代を思い出しました。
親はよく「あなたのためを思って言ってるんだよ!」と言って、私に自分の意見を押しつけてきました。

「親が正しくて、私は間違っている」
そういう空気の中で育ちました。

本当は、自分の考えをうまく伝えられたらよかった。
でも当時の私には、それができませんでした。

自分の思いが取るに足らないものとされるのが、何よりも悲しかったんです。

そして今。気づけば私は、あの頃の親と同じことを、
自分の子どもにしてしまっていました。

あんなにイヤだったはずなのに、
どうして私は同じ道をなぞってしまっていたんだろう。

子どもは、私とは違う一人の人間

子どもの経験が、私の経験になるわけじゃない。
子どもの人生が、私の人生になるわけじゃない。

子どもは、私とは違う、一人の人間です。

子どもは子どもで、自分なりに悩み、失敗し、
そこから学びながら、自分のペースで成長していく。

そのプロセスこそが、人生の基礎をつくる大事な時間なのだと、今は強く思います。

必要なのは「正解を与えること」ではなく、見守ることかもしれません。



遠回りに見える道にも、大切な意味がある

大人から見ると、「なんでそんなことするの?」「無駄じゃない?」と思えるようなことでも、
子どもにとっては、“遠回りだった”と気づくことが、かけがえのない学びになる。

小さい頃、同じ年代の子たちとぶつかりながら、
傷つけたり、傷ついたりしながら、人との距離感をつかんでいく。
それもまた、人生にとって大切な経験です。

「もっとこうしたら早いのに」「遠回りせずに済むのに」——
効率やコスパを考えるのは、大人になってからでも十分に身につきます。

今は、子ども自身が考えて、悩み、試行錯誤する時間が大切。
親がすぐに正解を与えなくてもいい。
子どもは、自分の力で人生を歩く力を持っています。

その気持ちをしぼませてしまっていたのは、私の過干渉でした。情けない話です。

親にできるのは、「見守ること」と「生き様を見せる事」

子どもに問題が降りかかった時
つい「こうしたらいいのに」と言いたくなりますよね。
でも、そこはグッとこらえて、
ただ話を聞いてあげる。

親って、つい白黒をはっきりさせたくなるものだけど、
子どもには、起こったことをゆっくり消化する時間が必要だと思います。

「そうかぁ、そうなんだね。」
「あなたはどうしたいと思ってるの?」

結論を急がずに寄り添うこと。
それが、子どもにとっていちばんの安心になるのではないでしょうか。

あの頃の私に伝えたいこと
子どもがやることに、すぐダメ出ししないで。
失敗も含めて、辛抱強く見守ることが大切。

そして、親としてできる最大のことは、
自分の人生をしっかりと歩いて見せることなんだと思います。

子どもを信じるということは、
自分自身を信じることにもつながる。

「子育ては、自分育て」
——誰かが言っていたこの言葉、本当にそうだなあと今、しみじみ思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます😊

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